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2010.08.11

ナブール焼とオレンジ

チュニジア最初の観光はナブールという町でした。
金曜にマーケットがあるので、着いた早々チュニスを離れ、市場日程にあわせていきました。私たちは市場好きなのです!

焼く前ナブールはナブール焼と呼ばれる陶器で有名な町。
だからあちこちに工房があって、路地をふっとのぞけばこんな風景に出会います。




バザールに行けば、たくさんの陶器が並びます。
今、日本ではやりの「タジン鍋」も目立っています。当時はまだ知らなかったけど、写真を見て気づきました(笑)北アフリカ、思いきり本場ですよね。

タジン鍋も

自宅で使うために大きめのお皿を購入しました。とてもキレイな青でしょ!
今も食卓で活躍してくれてます。
自分みやげにナブール焼




シンボル陶器の町らしく、中心のオブジェも陶器製!
上に積んであるのは、柿みたいだけど、オレンジです。
地中海に面した町ですから、オレンジもたくさん採れるんです。












ジュースというわけで、おじさんのフレッシュオレンジジュース屋台を発見!
かなり贅沢にいくつもオレンジを使って、ものすごーくおいしかったな~。
あ~、また飲みたいっ。








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2010.08.10

旅の概要【チュニジア2008GW】

チュニジアはイタリアのシチリア島のおむかい、地中海をはさんでアフリカ大陸の北の端にある小さな国。
私にとってはじめてのアフリカの旅。

今回は旅友、Yさんとふたり旅。
彼女の旅好きの友人で通称「旅行代理店」がおススメしてくれたのがチュニジアだった。とてもキレイだからって。

チュニジアンブルー

調べてみれば、チュニジア南部にはサハラ砂漠の入り口の観光地があったり、映画スターウォーズのロケ地があるなど面白そうな見所はたくさんあるらしい。
だけど、日程が限られているので、今回は南部は断念。チュニスに滞在して近郊都市を日帰りするという日程を組んだ。砂漠はいつかのお楽しみに取っておこう。


日程 2008.5.1~5.7
1.名古屋→フランス乗継→チュニス
2.ナブール
3.チュニス旧市街
4.カルタゴ、シディ・ブ・サイド
5.チュニス
6.チュニス→フランス乗継→名古屋(翌日着)


猫と青とおっさんの国、チュニジア旅行記はじめます。



2010.08.07

選もれ写真あれこれ【クロアチア2007夏】

旅日記に載せられなかった、お気に入りの写真を紹介します!

プリトビッツェの湖の色!ミルクがかったブルー。
プリトヴィツェの水色

ドブロブニクのピレ門前にいる門番。
イケメン門番

真っ青な青空と洗濯物。
コントラスト

壁に映りこむ洗濯物の影が美しくて。
洗濯物パキパキに乾きそうな日差し

おかしい一枚。この人も不本意だろうが笑った。
絵的に笑えたので…



2010.08.01

16日目【クロアチア2007夏】

無事に起きれた・・・。
ザグレブの空港までのバスは今までずっと深夜に乗っていたから明るい時間にザグレブ郊外を見るのは初めてだ。あまり高い建築物もなく、発展していない田舎。


おしまい経由地フランクフルトから名古屋までは、イタリア帰りのおばあさまと隣席になった。たくさんの旅のお話とナポリで買ったというカンツォーネのCDを聴かせていただいた。次はイタリアか?!

飛行機から見た富士山の姿が、今まで見た中で最高に美しく見えたのもこの旅の締めくくりを飾るにふさわしく嬉しくなった。

こうして私の夏休みが終わった。


2010.07.31

15日目【クロアチア2007夏】

明朝の飛行機でザグレブを発つので今日が実質最後の日になった・・・寂しい。
今日は城壁をぐるっと一回りするつもり。天気がいいし、暑そうだなー。

ソーセージパイNennyさんの朝ごはんは今日はこう。ソーセージのパイ。

旦那さんはNennyさんの半分くらいの大きさ。はっきりきびきび強い口調の妻Nennyに対して旦那さんはしゃべりだすとどもってしまう。Nennyさんは厳しいお母さんだけど、とても親切なのだ。今日の予定を相談したら「ツァブタットはどう?」という話になる。バスでも船でも行けるという。
なるほど・・・でも私、今日は大荷物なんだよね。すると彼女は「ツァブタットは空港から近いからまず空港に行き荷物を預けてからタクシーで行けば数時間は過ごせるのでは?」と提案。それはいい!(後で困ったけど)ドブロブニクはとにかく人が多くて疲れてしまったので、小さな町で過ごすのがいいなと、そのプランに乗ることにした。


<城壁めぐり>
AM9:30から城壁を歩く。ピレ門周辺は人でごった返し、城壁は当然屋根なしのギラギラでものすごく暑かった。
キキ飛んでる?
新しい瓦と古い瓦魔女の宅急便という映画を見たことがないが、ドブロブニクはこのアニメ映画の舞台となったところだといわれている。オレンジの屋根瓦が一面に張られてその向こうは紺碧のアドリア海!屋根瓦は古いの新しいのが混じっている。それは92年独立の内戦でドブロブニクも相当の被害を受けたからだという。おとといの夜スポンザ宮殿で、戦火に燃えるドブロブニク、破壊された姿、犠牲者の顔写真パネルの展示を見て胸が痛んだのを思い出した。

城壁歩きの途中、昨日のモスタルツアーにひとり参加していた日本人のおじさんとまた会った。勤続20年の休みがもらえて20日間(!)旅を続けるのだそうだ。すげー。このおじさんとは昨夜もKameniceの前でお会いしたのだった。汗をだらだら流しつつ、おしゃべりして休憩して別れた。
こんなとこにカフェ

素晴らしい景色、でもほとんどどれも同じ、みたいな写真を山ほど撮りながら約1時間半かけて1周した。


<ドブロブニクを脱出>
sobeをチェックアウトして、まずは空港バスでエアポートへ。
空港でチェックインして荷物を預け、ツァブタットへ繰り出すというのが当初の予定だったが、時間早すぎてチェックインはできず(そりゃあそうだ)荷物を預かるロッカーもないのだという(泣)
こんなことなら、タクシーか船で直接行けばよかったのだ。
 
このとき空港で、苫屋さんで会ったお客さんに偶然出くわす。レンタカーでイストラ半島の方までいってたらしい。今夜ザグレブに向かうフライトが同じなので「また後で」といって別れた。この方の名前、聞くの忘れちゃったな。

スーツケースを持って小リゾートツァブタットへタクシーで行く。この荷物をどうしようかなと思案していたら目の前に旅行会社を発見。荷物を預かってくれるか交渉すると空港までの送迎も含めて100Kuna。めんどくさいのでそれで手を打った。
旅も最終盤、日本が少し恋しくなり、彼氏に電話した。外国でもこんな簡単につながっちゃうんだ。

乗りたい!半島をぐるりと回る。あちこちの岩場に、日光浴や海水浴の人が寝そべっているおなじみの光景。
今日は水着もなく海に入れないので、若干欲求不満。
海に浮かぶ滑り台つきのボート。面白そう!



バカンスも終わり

カフェでまったり、日記を書きながら、夏休みが終わるのを寂しく思う。
日が海に沈んでいくのを眺めてた。
そして、寂しいけれど、一方で早く日本に帰って親しい人たちと会いたいと強く思った。

空港に戻るが、ザグレブ行きのフライトは2時間の遅れ。先ほどの男性とずーっとおしゃべりしてたから困らなかったけど、ひとりだったら相当退屈していただろうな。
ザグレブのバスターミナルに着いたのは、ようやく深夜12時過ぎ。今日泊まる予定のアパートメントの大家さんはこんな時間なのに車で迎えに来てくれた(鍵の受け渡しがあるからだけど)。

明日は日本へ帰る。5時起きだ。
しかも目覚ましは壊れている。超不安。



2010.06.11

14日目【クロアチア2007夏】

旧市街の朝今日は、アトラスツアーのモスタル1日観光に参加。朝7時半出発なので、7時ごろ部屋を出て朝のドブロブニク旧市街を散歩。清掃のおじさん、カフェの椅子を出しながら開店準備する人、商品を搬入する業者さんなど働く人々は動き出しているけれど、観光客はまだまばら。
昨夜遅くの賑わいと対照的に人のいないプラツァ通りの写真を撮ってみる。






<傷跡残るモスタルへ>
ピレ門から定刻通りにバスは出発。途中で、別のバスに乗り換える。バスのルートはおとといスプリットからドブロブニクに来るときと途中までは同じルート。おとといはバスの眺めのよい海側の座席が取れなくて残念な思いをしたが今日は空席も多いので、キレイな景色を求めてあっちこっち移動する。午前中は光もギラギラしてなくてよりきれいさが際立つような気がする。
車窓から
そしておとといも寄ったネウムの休憩所に寄る。バイヤデラの売り場に日本語で「小16個、中24個」とかいてあったので、ここは日本からのツアーでも立ち寄るところなんだろう。ここネウムはクロアチア南部に何故か一部分だけボスニアヘルツェゴビナが張り出している。いちおう国境なので検問があったがかなり適当。そしてボスニアのほうが物価が安いので少しでも安く買うためにクロアチアからここにくる人も多いらしい。パスポートコントロールなしで通過できるようにクロアチア政府はネウムを避けて海に橋をかける計画をしているが、ボスニア側は観光収入が打撃を受けるので反対している・・・というような話をガイドさんがしていた(多分)。

ネウムを越えたあたりで右折して、ネトレバ川沿いをひた走る。今まで走ってきたアドリア海沿いの道はあまり作物を作っている気配がなかったが、この内陸部はひたすら続くブドウ畑だった。ブドウって棚状になっているイメージだけどここのブドウの木はつるを地面に這わせて平べったくしてあった。ボスニアでは白ワインがおススメらしい。
家の数はまばらで、道路も幹線道路以外は未舗装。外で飼われた犬も目立った。そういえば、日本で最近外につないである犬を見かけることが減った。ところどころにバラックのような小屋も見かけ、このような貧しさはスロベニア・クロアチアではなかったように思い、旧ユーゴスラビアの経済格差を感じた。

ボスニアに入ってから、休憩所でコーヒーを頼んだもののこちらの通貨を全く持っていないことに気付き不安に・・・。しかしちゃんと使えるらしい。10kn出したら、1.5Km(ボスニア通貨)のおつりだった。後でモスタルで1Kmでアイスクリームが食べれたのでやはり物価は若干安いかな。クロアチアでは10Knでコーヒーとアイス両方はムリ。

オリエンタルな雰囲気
トルココーヒーモスタルに着いたら女性のガイドが主要な観光スポットを、早口駆け足で案内。バザール、モスク、トルコ人の家などを見て回る。

ほとんどが連れがいるが、ひとりで参加していると思しき女性を発見したので、ランチに誘ってみる。彼女はエレナというニュージーランド人で今はアイルランドのダブリンに住んでいる。10日間のバカンスで今日は二日目なのだそうだ。海にはまだ行ってないらしく白かった。わたしが真っ黒なのをみて笑い、「日本の女の子は日焼けを嫌うよね」と言う。「よく知ってるね」と言うと「6年前、3ヶ月だけ日本に住んでたことがある、静岡県」高校で英語の教師をしていたらしい。日本の食べ物はどうだったと聞くと「すし、そば、ラーメンは好き。でも納豆は信じられない!」と顔をしかめた。「納豆」と言うキーワードで急激に日本食が恋しくなった。ごはん、納豆、お味噌汁で朝ごはんしたいなあ。ああ、納豆・・・。

この日のランチはボスニアンフードのチェバブチッチという肉団子をいただく。ちょっとピリ辛のお肉で美味。付け合せのポテトを除けば量も適当で残さず食べた。コーラ付きで40Kn。エレナはさらにパンもふたつ食べた。欧米の人はホントによく食べるなあと感心する。
モスタルの橋から川に飛び込む人が席から見えた。エレナは「あ~私も飛びたい」と言って私は冗談かと思ったがどうやら本当に好きらしい。バンジージャンプもしたことがあると言う。
スタリモスト
食後、別れて1時間ほどモスタルの町をぶらつく。モスタルの橋は1993年の内紛で全壊したものを同じ工法で作り直したもので、現在は世界遺産に登録されている。モスクあたりからの眺めが、本当に穏やかで美しかった。川の水も青緑っぽく樹木の黄緑とあわせると、川の色がより幻想的に見えた。端の傾斜は見た目以上に相当きつく、サンダルがツルツル滑って危険だった。
ネトレヴァ川
ツアーで行くと楽チンだけど、なんとなく自分の足で確かめながら歩く実感に乏しくなるなあ。見るべきところは効率的にまわれたんだと思うけれど。



<夕食は牡蠣>
夕方6時半ごろドブロブニクに戻る。
帰り道バスで通ったホテルアルゼンチーナやエクシオールの方へは高台を通っていくのだけど、そのあたりからのドブロブニクの眺めは本当に美しいと思う。こういうリゾートホテルに連泊してビーチで泳いだり、旧市街を眺めつつ、レストランで食事なんていう旅もステキかも。しかし相当お金がかかりそうなプランだ。

旧市街は、夕方過ぎると人出も増えるし海鳥も増える。
今日は日本語で牡蠣という名のレストラン「Kamenice」でディナー。7時過ぎに行ったら空席はなく、しかし待っている人もいなかった。これは並んでおかねば、待つことにする。比較的すぐに席が空いたが自分が注文する頃にはもう行列になっていた。
こんな大量のフリット…ひとりで食べる
レストランの名前にあるように、ここは牡蠣がおススメ。私は牡蠣が大嫌いだけど、旅先なら食べられるかも?そう思ってひとつ注文。(ひとつなどという頼み方は誰もしないので店員にしつこく確認された)けれどやはり牡蠣は苦手だ・・・。

食後は土産物屋をぶらぶらし、プリィエコ通り(レストランストリート)のカフェでこの旅日記ノートを書く。ウェイターが覗き込んで「ヒエログリフ?!」とからかう。漢字交じりの日本語は摩訶不思議なモノに見えるのだろう。

2010.05.26

13日目【クロアチア2007夏】

sobeの朝ごはん8時30分の朝食に合わせて上のテラスルームへ。Nennyさんの旦那様らしきおじさんがジュースとコーヒーを運んでくれる。メニューはマッシュルームのパンケーキ。デザートのケーキ、ヨーグルト風味のサラダ。さらにパンも勧めてくれたけど、そんなには食べられない。モモをひとつ、ビーチ用にいただいていく。
朝食に暖かいものが食べられる幸せを感じて、あさっての朝もお願いすることにした。買っておいたシリアルは日本に帰ってから食べればいい。


今日はロクロム島のビーチに行くつもりだが、その前にしておくことがある。
①アトラスツアーに明日のモスタル観光がOKか確認
②ロクロム行きのチケットを買う
③ビーサンとサンドイッチを買う
④噴水で水を汲む
オノフリオの噴水の水は飲めるのです
節約してこれらの用事をこなしながら朝の散歩。
ご機嫌な気持ちでニコニコしながら歩いているといろんな人が「kako ste?(調子どう?)」と聞いてくるので「Super! A vi?(いいよ!そちらは?)」とお決まりで返す。だんだんクロアチア語に慣れてきた。

夜はレストラン通りとしてにぎわう通りに日本の雑誌にも紹介されていたクロアチアメイドの雑貨屋があり、そこのお姉さんと少しお話する。さらに同じ通りにガイドブックに載っている超有名な店バチャン(日本語を話すおじさんがいる刺繡屋)に、偶然行き着く。私が日本人とわかるやいなや、こっちの話を聞きもせず
「私の奥さんは鬼嫁。過労死する。私は毎日奴隷のように働かされている。結婚は人生の墓場。でも愛しています。名刺これ。でもこれ奥さんの名前・・・」
しゃべるしゃべる(笑)誰が教えるのだ、これ。
「新婚旅行のお客さんに教えてもらう」


ビーチサンダルは見つからなかったけど、他の準備は整ったので11時の船でロクロム島へ渡る。島の高台から旧市街が見えるようだったので簡単な道案内を頼りに歩く・・・がこの道の選択は失敗。地獄のようにじりじりと暑かった。ロクロムは気持ちよく泳ぎにゆくところで、だらだらと汗を流しながら歩くところではない。
一刻も早く海に入りたい気持ちになって、近道かと思って選んだ道がケモノミチの様で。私はいつでも、適当にこっちだろうと思い込んで変な道を行く癖がある。でも思いがけずキレイに旧市街が見渡せる高台に出た、嬉しかった。こんなふうにいいことも悪いことも起こる。

そしてやっとビーチ。
ロクロムビーチ1
岩場のビーチで、みんなそこから飛び込みをして遊んでいる。高さもそんなにない(せいぜい2、3メートル)ので自分でもやってみたくてチャレンジする。そばにいた人に写真をお願いした。超気持ちよかったー。またやりたいなあ。

今日はいくつかのビーチをはしごするつもり!
ロクロムビーチ2
岩場の裏の池になったところは木が周囲に茂って日陰があり過ごしやすい。全体に浅いし潮の流れもないので小さい子供をつれてゆくのにふさわしい場所だ。





ロクロムビーチ3
3つ目のビーチはボートターミナルのそばのやはり岩場。港のすぐそばなのになぜこんなにきれいなんだろう。
ヌーディストビーチではないけれど、ここでもトップレスのおばちゃんが日光浴してた。私もヨーロッパの人にならって少し日なたに寝転がってみたけれど、すぐヒリヒリになって日陰に避難。(もちろん水着着用のまま)

今度バカンスにくる時は、ビキニ、水にジャバジャバ入れるサンダル(ビーサンでなく足首を固定できるもの)、敷物、シュノーケルを必ず持って来よう。快適さが格段にあがるはず。



夕方、一旦部屋に戻りシャワーを浴びて早めのディナーに出かける。
コノバ

Nennyさんが勧めてくれたレストランは夜7時以降は常時大行列なので少し時間をずらしていくのがいい。席はかろうじて空いていた。














リゾットシーフードリゾットは鍋に入り、ゆうに4人前はあり半分でギブ。

食後はカフェグラツカカヴァナでお茶してデザートにロジャータプリンも食べる。23Knもしてドブロブニクの物価の高さにびっくり。




猫の集会
夜、部屋に帰ってしまうのがもったいなくて、ブラブラ散歩。
海側に階段をのぼった住宅街の方を歩く。
各部屋の窓から音楽が聞こえたり、猫が10匹以上たむろして、道端にシャツとパンツのおじさんが涼んでた。下のほうにはレストランの灯かりがきらめいて、しかしあたりは真っ暗。ヨーロッパでは昼も夜も光と闇の差が激しい。




2010.04.02

12日目【クロアチア2007夏】

<さよならスプリット>
朝、近所のスーパーTOMYで水やお土産のBajaderaを買いだめ。ドブロブニクは物価が高いと聞くので早めにお土産を調達しておく狙い。荷物が増えてきたので、服を数枚捨ててきた。

塔11時45分のドブロブニク行きのバスまで最後のスプリット観光として旧市街へ出かける。目的は大聖堂の鐘楼に登ってスプリットの街を見下ろすこと。チケット代10Knを払って入ると、1階が教会で2階が宝物展示室になっていて誰かの骨もあった。(誰のかは私には不明)いよいよ塔に登るぞ!と行きかけたら「Extra chiket!」と呼び止められる。塔に行くにはこちらだけにくればよかったのに、あまり用のない教会入場チケットを最初に買っちゃったらしい。しまった。10Knさらに支払う。
さてこの塔、階段を行くとき、本当にへっぴり腰になる怖さ。オープンエアーな塔は気持ちがいいけれど・・・。コペンハーゲンの尖塔を思い出す。

4854877_3158246654.jpg上から眺めると、スプリットという街の構造の面白さが良く分かる。ローマ時代の宮殿の外壁はかなり分厚く、、そこに窓などがついて、家になっている。さらにその古い時代の壁にへばりつくようにして後世の住居がある。時代のごちゃ混ぜ感が面白い。この旧市街全体が世界遺産でもあるらしい。

先日フヴァル島に行ったとき、お土産用に買ったポプリがカバンを開けるたびにいい匂いをさせてとても良い気分になっていたので、自分の部屋やタンス用にもいくつか買っておくことにする。フヴァルで5Knだったのが同じようなものが10Knになっている。ドブロへ行けばもっと高いだろう。もうひとつ海綿のスポンジも買った。

4854877_638673325.jpg市場でパシャパシャ写真を撮っていたら、銀の門(東門)近くの乾物屋のおばちゃんと楽しいやり取りになった。イチジクを少しだけ買って写真を撮ると「もう1枚とって!そして手紙で送って!」とクロアチア語しか話せないおばちゃんとほとんど単語のみの私で会話。
逆光で写真が暗くなってしまったので、市場屋台の店主側までまわりこんで撮って、キレイに撮れたおばちゃんは大変満足げだった。おばちゃんはたくさんしゃべるのだが、私は単語の一部しか分からない。そういえば「指さし会話帳」があった!そう思って見せるとすごく興味を示し「super」「issuse!」(どちらもすごいの意)を連発。ののしりことばのページを見ては顔をしかめ「キミは僕の太陽だ」という愛のことばを見て「すっばらしい~」

おばちゃんはここから少し行った、ソリンという街の出身でもう店を30年やっているのだという。そして今は53歳。住所も書いてもらったが
「手紙は書かなくてもよいから、スプリットへまた必ずいらっしゃい。私はこれからもずっとこの場所にいる。病気になっていない、なんてことはありませんから」
と嬉しい言葉。スプリットの街にも私のお母さんはいたんだ。

一緒に写真を撮ろうとお願いし、「隣の店の人に撮ってもらうように頼む?」と聞くと微妙に顔をしかめダメダメという。おばちゃんは別の店の人にお願いをしに行った。市場内の複雑な人間模様があるのだな。
後で出来上がった写真を見ておばちゃんよりも真っ黒な自分にびっくり!どんだけ日焼けしたんだー、日本に帰るのが怖い。

苫屋に戻ると新たなお客さんが。苫屋初のクロアチア人のお客さんらしい。奥寺さんの日本語教室の生徒さんのお友達でザグレブから来て10日間滞在するとのこと。
奥寺さんにトルココーヒーを入れてもらって、バスの時間まで奥寺さんと話をした。彼女は学生だった1998年に海外青年協力隊のメンバーとしてクロアチアのプーラという町に派遣されて以来クロアチアが大好きになり、それから毎年クロアチアを訪れていた。で、地元で教員になり働いていたんだけどその赴任先に、「苫屋」というステキな宿があるのを知り、「クロアチアに苫屋のような宿屋を開きたい!」という夢ができて、それを今実現してるひと。すごい人だなーって思った。

すごくいい宿だったな。一緒に部屋にいてもなんか気を使わなくてそこにいられて、でも必要な情報は過不足なくくださる。相手をきちんと見て対応しているからだろう。

スプリットのお宿→苫屋



<長距離移動 ドブロブニクへ!>

ドブロブニク行きのバスは超満員。私の斜め前の青年がとても男前でドキドキしながら見つめてしまった。私の隣の席は、いろんな人が入れ替わりたちかわり座っては降りてゆく。おばさん、おばあさん、若い女の子、おじさん・・・。なんか人生みたいだって思った。いろんな人と出会ってさよならする。ずーっと同じではない、人とのつながりが入れ替わっていく感じ。友達が変わり、恋人が変わるみたいに。

プロチェという町の少し手前にとてもきれいな湖を見つけた。あれはなんというところだろう。ガイドブックには載っていなかった。
4915016_610896224.jpg
クロアチアはあまり作物が育たなさそうな土地。山も木が立ち枯れし、背の高い木もほとんど見当たらなくて。一方で右手を見ると紺碧のアドリア海!この対比がすごく印象的。
しかしさらに南下してネウム、ストンあたりにさしかかると樹木がずいぶん茂っていて緑豊かな表情になる。どうしてこの差が生まれるんだろう。


予定到着時刻を2時間オーバーで17:40、ドブロブニクバスターミナルに到着。ここでもたくさんのSOBEおばちゃんが宿の営業活動。
予約していたNennyさんのSOBEはピレ門近くの本当に便利な場所。ただ、玄関入って4階まで荷物を運ぶのには閉口。小さいキャリーにしといて本当によかった。
宿の女主人Nennyさんは、胴回りが100センチ以上はありそうな迫力あるおばさんだ。宿の使い方についてきっちりきっちりと説明し少し厳しい口調。でもそれはお互いに快適に過ごせるためにはじめに説明しておくといったもの。自分の英語力に難ありなため、こういう場面は緊張する。おススメのレストランなども丁寧に紹介してくれた。
部屋は清潔で快適。エアコンもドライヤーもバスタブも完備。これで200knは安いと思う。


4382225_4054076560.jpg夜、ドブロブニクの旧市街をブラブラ。観光客目当ての土産物屋、ジュエリーショップなどが多い。そして洋服などもびっくりするほど高く、ずいぶん気取ったところだ。買いたくなるものが全然ない。



本日のアイスクリーム 
レモンと青りんごでさっぱりと。7kn也。

2009.09.06

11日目【クロアチア2007夏】

今日は祝日。Velika Gospa(聖母被昇天の祭日)
夕方に苫屋の前の教会でそのイベントをやるというので、6時に間に合うように帰ってくる予定。

<ブラチュ島へ>
事前に調べたところ、フェリーとバスの乗り継ぎがあまりよくなくて、島にはあまり長くいられない感じだ。でもきっとビーチは暑いし、ひとりではそんなに長居もできないだろうからいいかな。

(この日は、ブラチュ島にある有名なZlatni Ratというビーチを目指しています。こんなところです)


写真やガイドブックで見て美しいなーと憧れていたビーチだけど、私もしかしたら、ここまでたどりつけていないかもしれない。バスを降りてからビーチまで延々と歩く。でもそれもずっとビーチ沿いなのよね。暑くて暑くて、とにかく早く海で泳ぎたくなっちゃって、多分手前の海でジャボジャボ遊んじゃった。自分では目的地に行ったつもりだったけど、違うところだったって昔古典で習った「仁和寺の法師」のお話みたいだ。ビーチ

ビーチではトップレスのおばちゃんとか、すっぽんぽんのカップルや普通の水着の人やら混ぜこぜで日本にはない開放感。水も最初は「つめたッ」と思ったけどすぐ慣れて気持ちよくなる。人も多いけどビーチがたくさんあるからか日本のような密集した感じもなかった。
ただひとりだから荷物のこともあるし、帰りのバスの時間も気になってあまりのんびりはできない。

やむを得ず帰り支度。

リラックス
帰りの船で昼寝をしながら、次のバカンスはアドリア海の島に1週間Sobe連泊して、ビーチ三昧っていうのはいいんじゃないかと考えた。手ぶらでホントジュースだけ持って海に行き、泳いだりシュノーケルしたり気が向いたらパラセーリングとかして。あとは読みたい本を木陰で読んで、昼寝。夜はKonoba(シーフード食堂)で海の幸、朝はカフェでコーヒー。最高!来年の夏もまた来れたら来よう。
(さっき奥寺さんに聞いたら5~10月まで泳げるとのこと)

船のデッキで寝転がっていたら、半透明の屋根の上をかもめが飛んでいくのがシルエットになって映る。


<Velika Gospa>
部屋に帰って、シャワーを浴びてくつろいでいたら、外から賛美歌が聞こえる。じっとしていられなくてまた出かける。苫屋下の教会に続々と人が集まってその辺にいっぱい人が腰掛けてる。どこで私は過ごそうか、迷いつつとりあえず地元のおじいおばあがいる横に陣取って座った。
「ヤパンカ?(日本人?)」
「ダ。ヤ サム ヤパンカ(はい日本人です)」
「〇ё%☆Ф#*・・・・もはや意味不明」とニコニコ顔で言われた。なんというか牧歌的ムードである。

velikagospa.jpg

話が長いので準備万端6時半に旗を持った神父さんたちが入場。よく見える場所に移動すると、もうそこらじゅう人であふれかえっている。早い時間には高齢者が多かったけれど神父さんのおことばの時には若者もファミリーもいっぱい。説教と賛美歌が延々と続く。何を言っているかはさっぱり分かりません。
最後あるフレーズをきっかけにみんなが「○○(聞き取れない)」と言って、周囲の人と握手やハグを交わす。とりあえずその場で混じってみた。全部終了してパラパラと散ったのが午後8時。



メガハンバーグ
おなかが空いた!ごはんにしよう。
今日はBobanという店のハンバーグ。
前から気になっていたPiPiは炭酸オレンジジュースだった。


明日は最後の都市ドブロブニクに移動する。
スプリット最後の夜。



2009.09.03

10日目【クロアチア2007夏】

<苫屋周辺をブラブラな一日>
苫屋からの眺め。そしてブランチ朝8時におきて、ゆっくり湯船につかってまったーーーりとする。
苫屋の宿泊客は、9時半ごろにはみんな出かけていった。
昨夜遅くに、ガッツリ肉を食べたので、今朝は11時過ぎにシリアルとヨーグルトとフルーツで簡単にブランチ。


その後、奥寺さん一押しのケーキ屋さん「Ckarin」でクレムニスタを買ってみた。
クレムニスタ

すんげ~ウマイ。
幸せ~(*^^*)
上にパイ生地
粉砂糖がパラリ。下はぷるんぷるんのカスタードで、ちょっともちっとしてる。
8Kn也。




苫屋のリビング奥寺さんが出かけている間手伝いに来ていた、ルッツァさんという若い女の子とおしゃべりをする。彼女は奥寺さんがやっている日本語教室の生徒さん。だから彼女は日本人としゃべりたい、私もせっかくのチャンスなのでせっかく習ってきたクロアチア語を使ってみたい、というわけでふたりで日本語、クロ語、英語の入り混じった会話を繰り広げた。
「キミのフルバツキ(クロアチア語)ジョウズデスネ」
と褒められいい気分。
彼女はなぜ日本語を習っているのだろう、聞いてみたら。日本のカルチャーが好きで、漫画やアニメが大好きだからというのが理由だった。その後ルッツァさんは大好きな「あずまんがだいおう」という日本アニメについて熱く熱く語っていたのだった。・・・日本人の私は分からない・・・。


自慢の眺望



その後ルッツァさんにおススメのレストランを聞いたら、「velo misto」のピザが美味しいというので今日行ってみることにする。
午後3時くらいから出かけた。
velo mistoはマリーナに面したお店でヨットを眺めながら食事ができる。風に吹かれていい気分で思わずビールを頼んじゃったけど結局はのみきれず大半を残した。わたしは酒が飲めないということをいいかげん自覚しないと。

小さいサイズですって!?

プロシュート(生ハム)とマッシュルームのピザにしたがこれまた巨大。日本のデリバリーピザのMサイズは軽くありそう。しかしこれはmale(小さい)サイズなのだが。メニューにジャンボというものもあったが、それはいったいどんな大きさになるやら・・・。
結局このピザも3/4でギブアップ。味は最高でした!


食後ビーチをブラブラ歩く。
おじさんたちが半裸で道端でチェスに興じていた。ビーチは思い思いに寝そべったり本読んだりしてのんびりムード。巨体なおばさんも普通にビキニで、違和感なく、服着て歩いている私がここでは一番うきまくりだった。
持ってきた水着はタンキニだけど、こうなるとビキニが欲しくなる。日本よりは少し安く買えそうだったから街の方に行ってお店をめぐる。
だけど残念ながら、これというものは見つからなかった。

夜中の花火近くに花火が何発か上がる。苫屋さんの窓からはとてもきれいに見えてオーストラリアから来た女の子二人と奥寺さんと4人で花火を堪能した。






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